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大阪高等裁判所 昭和53年(う)720号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人中村康彦、同日下部昇共同作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点について

論旨は、要するに、不法入国者に外国人登録法三条一項所定の外国人登録申請義務を課することは、その申請の際不法入国の事実の告知をさせることとなり、ひいては憲法三八条一項に違反することになるから、外国人登録法三条一項にいう外国人には不法入国者は含まれないものと解すべきである、そうすると右外国人に不法入国者も含まれると解した原判決は、右条項の解釈、適用を誤つたものである、というのである。

しかしながら、外国人登録法三条一項所定の登録申請義務ある「外国人」の中には、不法入国者たる外国人も含まれるのであつて、特にこれを除外すべきいわれはない。

そして、同法の趣旨、目的に照らし、不法入国者に右登録申請義務を課することは、必ずしも憲法三八条一項の規定に抵触するものではない。

なるほど、外国人登録法三条一項の新規登録申請に際しては、旅券番号、旅券発行年月日、上陸した出入国港、上陸許可年月日、在留資格、在留期間等を申告させ(同法施行規則二条一項)、右申告事項を旅券に基いて審査する(同規則三条一項)こととされているので、旅券を所持しない不法入国者は、旅券に関する所定欄を空欄とせざるを得ず、かつ、旅券の提出もできないところから、右申請が端緒となつて、その手続の過程において、不法入国の事実が発覚する可能性がある訳であるが、そうだからといつて、右登録申請が、実質上、不法入国の罪の刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものということにはならない。けだし、右外国人登録法所定の登録申請手続はこれによつて、現に本邦に在留する外国人の居住関係、及び身分関係を把握するため必要な資料を収集することを目的とし、そして最終的には、その居住関係、身分関係の実態を明確にすることにより在留外国人の公正な管理に資することを目的とするものであつて(同法一条)、その申告義務の範囲も右の目的に必要な居住関係及び身分関係に関する事項に限られており、不法入国の事実自体は申告事項とされていないことはもちろん、右の罪の刑事責任の嫌疑を基準に右範囲が定められている訳でないことも明らかであるからである。そして、法は、右公益上の必要性から、罰則を設けて、右制度の実効性の確保をはかつているのであつて、この点の合理性も認めざるを得ない。してみると、外国人登録制度自体の有する前述のような公益上の独自の必要性と合理性は、これを肯定せざるを得ないところである以上、この規定を以て、不法入国者に自己に不利益な供述を強要するものとすることはできないのであつて、憲法三八条一項に違反するものではない。(最高裁判所昭和四七年一一月二二日大法廷判決、刑集二六巻九号五五四頁、同昭和三一年一二月二六日大法廷判決、刑集一〇巻一二号一七六九頁参照)したがつて、これと同趣旨に帰着する原判決は正当であつて、所論の如き違法のかどはない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点の二について

論旨は、要するに、外国人登録法三条一項所定の登録申請をすれば、自らの不法入国の事実が発覚して本国である韓国へ強制送還されることになることの明らかな被告人に、右の登録申請をすることを期待することは不可能であつたから、被告人の原判示所為は、期待可能性を欠くもので罪とならないものであるにもかかわらず、被告人を有罪とした原判決は事実を誤認している、というのである。

しかしながら、たとえ右登録申請手続が端緒となつて、事実上不法入国の事実が発覚し、ひいては本国へ強制送還されるおそれがあつたとしても、その間の両者の関連性、右申請手続の趣旨、目的並びに記録によつて認められる諸般の具体的事情等に徴すると、本件において被告人に対し右申請手続の履行を期待することが不可能であるとは到底言い難く、被告人の責任が阻却さるべき事由はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点の一、について

論旨は、要するに、原判決は被告人は朝鮮に国籍を有する外国人であると認定しているが、被告人は同じ外国人であつても韓国に国籍を有しているのであつて、原判決には被告人の国籍につき事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、この点は、被告人の国籍の表示を所論のいずれにするとしても、ひとしく被告人が外国人登録法上の外国人であることに変りはないのであるから、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認とすることはできない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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